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近代化への礎

前日嫁と二人きりの東京ディズニーシーを満喫し、そのまま都内で宿泊。
そしてこの日は帰路に向かう途中に群馬県藤岡市、前橋市などへ営業活動。

すでにお昼を過ぎて、そのまま帰ろうとしましたが、
前日関東へ向かう時に「富岡」というI.Cがあることを思いつき、
折角ここまで来たので、世界遺産「富岡製糸場」なるものを見るため、
高速上信越道・富岡I.Cで途中下車・・・
20141004_153315.jpg
最寄りの駐車場に車を停めて、
目的地の世界遺産まで徒歩で5分ぐらい行ってみると、
レンガ造りの建物が見えてきた。

20141004_152857.jpg
明治維新後、生糸の近代化を国家が総力を挙げて取り組み、
その礎ともなった「富岡製糸場」です。

今年6月(つい最近だ)世界文化遺産に登録されてからの人出は、
この北関東の一都市にも関わらず多くの観光客で賑わっているご様子。
20141004_145925.jpg
手前にある「東繭倉庫棟」は富岡製糸場とは何か?など、
ここまでの歴史をレクチャーしてくれる展示やビデオ放映がされています。

20141004_152224.jpg
次に見たのは「操糸工場」です。
近代化を図るため、フランスの製糸技術を導入し、
大量に生糸を製造していた工場です。

20141004_152528.jpg
富岡製糸場の設立、運営にかかわったフランス人・ポールブリュナの居住宅。
これもそのまま保存されています。

敷地内の建物、そして絹産業発展に大きな役割を果たしたことが、
世界遺産に認定された要因です。
ではなぜ富岡なのか?というと、
広大な土地があること、
富岡には生糸の原料・繭が豊富にあること、
燃料の石炭が高崎市など近郊で調達が可能など理由は様々。

これらの適材適所であった富岡に、
外国人が指導しての工場建設に地元の人たちの理解があったから。

鎖国していた江戸幕府討幕から、間もない明治5年には、
外国人への反発も予想されていたが、
明治政府の尽力で近代化を進めることに地元住民の理解を示したことが、
一番の要因だったのではないかと思いますね。

そんな歴史背景を思うと、
世界遺産登録されることは地元のひとたちにとっても悲願であったでしょうね。

地元の人がボランティアガイドとして、
観光客に説明している姿を多く見かけました。

私は今年だけで多くの世界遺産を見る機会に恵まれました。
富岡製糸場は地元が一体となって勝ち取った世界遺産登録と言えるでしょう。
いいところでしたよ。


by  加賀の武田信玄






















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