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東北周遊~震災の記憶~

2年に一度開催される漆器に携わる人の祭典「日漆連全国大会」参加のため、
私は所属する山中漆器連合協同組合第一部青年部メンバーと一緒に東北へ。

今回は川連漆器の産地である秋田県湯沢市が開催地。
山中漆器連合協同組合の組合員総勢31名の大所帯。
私たち青年部は同時開催される青年交流会に参加もするので、
連合協同組合本隊(23名は夜行バス)と青年部(8名)に分かれて秋田へ向かいました。
夜行バスの本隊は前日に出発し、我ら青年部は当日朝空路で仙台空港へ。

仙台空港からはレンターで秋田・湯沢市へ向かいますが、
青年交流会が始まる午後3時半まで寄り道をしながらの行程となっています。

仙台空港から車で10分ぐらい走り、
IMG_30218169485605.jpeg
名取市・閖上地区を見てきた・・・何もない・・・
東日本大震災の津波で町ごと流されてしまったところ。

閖上地区は震災のことを忘れないよう、
語り部による震災時のことを訪れた人たちに語り継いでいる。
20141008_100405.jpg
ガードレールもなぎ倒されている。
津波によって流された家屋などに押しつぶされてしまったようです。

20141008_100338.jpg
この家屋にも津波が押し寄せ、一階部分は全て水に浸かった。

20141008_101510.jpg
その後方にある「閖上中学校」
震災時には非難場所として利用されたようですが、
一階は全て津波が押し寄せて、地元住民が屋上で津波を悲惨さを見守るしかなかった。

20141008_100816.jpg
大地震発生時を示す校舎の時計も止まっている。
地震発生から津波が押し寄せるには逃げる時間は十分にあったようですが、
地震で倒れたものを片付けていたのだろうか?そのせいで逃げ遅れた人が多い。

震災当日中学校は卒業式だった。
午前中で学校が終わって子供たちは帰宅して大震災に見舞われた。
この中学校の生徒10数名も犠牲となってしまった・・・
私たちは言葉を失い、涙が出てきた・・・

IMG_30213600834618.jpeg
閖上地区の小高い山の上に逃げた人もいました。
ここに逃げても生きている感じはしなかっただろう・・・

20141008_105313.jpg
ただただ犠牲になった人たちの霊を慰めることしかできませんでした。
仙台に到着早々しんみりしていまいました。
でもこの悲劇は生きている以上、忘れてはいけない出来事ですよね。

午前11時、青年部メンバー8名は閖上地区を視察を終えて、
次なる目的地へとレンターカーを走らせました。


by  加賀の武田信玄


仙台空港に降り立ったのは2008年以来6年ぶりです。
その間に東日本大震災に見舞われた東北がどうなったか?

復興が進んでいるところもあるだろうが、
この閖上地区だけは全くそれを感じさせない空虚な地区。
でも震災時には、仙台市内からも近郊ということもあり、
多くの住宅があったようです・・・津波を恐ろしさを改めて知らされたな。






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