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2009 組合青年部研修旅行 三好・松山編

7月5日
青年部メンバー11名昨夜遅く寝たにも関わらず、
遅刻する人、一人もいませんでした。
午前8時半、予定通り高松市内のホテルを出発しました。

この日はまず、高速高松道を使い、
一旦、徳島県三好市に向かいました。
午前10時半に最初の目的地「祖谷のかずら橋」に到着!

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この橋を渡るのに一人500円!!
こんな橋・・・でも実際渡ると怖い怖い!

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ちょっと足を滑らせたらもう終わり。
みんなお尻をプリっとさせながら、ぎこちない格好で渡っていました。
本当度胸が試されます。この人は怖いもの知らずで走りまくりながら、
自身が担当しているカメラのシャッターを押しておりました。
やるな~~T郎!

昼食は少しバスを走らせ、渓谷が美しい大歩危峡でとりました。
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V字型の見事な渓谷でした。
遊覧船も30分で乗船できるようですが、
いつ雨が降ってきてもおかしくない天候だったため先を急ぎました。

その後はまた高速を使い、徳島県から愛媛県に入り、
午後3時前に松山市に到着!
まずは「松山城」を見学です。
ここからロープウェイで本丸向かいます。
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ところどころに「坂の上の雲」の放映の宣伝がされています。

さぁ~本丸に着きました。
でも天守閣まではここからまた20分ぐらい歩いたかな。
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城はいいね~本当大好きです。
心が落ち着くというか、歴史ロマンを感じる時であります。
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この城からも、
今晩宿を取る「道後温泉」が見えました。
松山・・・正岡子規、夏目漱石など文化人が愛した街です。

道後温泉編は明日にでもご紹介します。


by  加賀の武田信玄


松山城は、豊臣秀吉と柴田勝家が争った賎ケ岳戦いで、
秀吉側と武将として勝利に貢献した加藤嘉明がその基礎を築きました。
加藤嘉明は、加藤清正、福島正則らとともに、
賎ケ岳七本槍に数えられる武将です。

その後は、城主が転々とし、
徳川家の親藩、松平定行が今の天守を完成させます。

松山城は、落雷や火事などで天守閣や櫓や門を多く消失・・・
何でお城には火事が多いのか?どこの城もそうやって消失しています。
その後は少しずつ復元されて今の松山城となっているのですが、
コンクリートと使って復元するお城が多いなか、
この松山城だけは、できるだけ日本の木造建築の良さをアピールしようと、
ほとんどが木造で復元されています。
確かに、木造でちょっと黒っぽく見えました。

古風な松山らしい復元の仕方ではないかと思いましたね。

そういえば、「はいからさん」のお姉さんも良く見かけましたね~。

















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