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四国から九州へ

8月6日(木)
朝5時に起床。そして6時前に松山市のホテルを出発。
8時30分の国道九四フェリーに乗船のため、発着港の三崎沖を目指す。
松山市内から車で、約100分走り三崎沖に到着。
乗船の手続きを済ませ、いざ船内へ。
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関サバなどで有名な、大分市佐賀関までの70分の船旅。

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到着までの時間に朝食のカップめん。
これじゃお昼まで持たないな~。


9時40分定刻に佐賀関港に到着。
ここから再び車で、大分県内の回り、
九州自動車道に乗り、福岡県八女市、そして柳川市を経由して、
この日の宿泊する熊本市に到着。
途中の高速では、別府~湯布院が霧のため通行止めになったり、
思った通りにはいかないこともありました。

さて熊本に来たからには・・・
200908061953000.jpg
「馬刺し」やね~本場の味は最高!
何で熊本は「馬刺し」が有名なんであろうか?
地方地方に特色のある食べ物がありますんね~
熊本は他に「からし蓮根」も有名ですが食べませんでした。
以前食べたときに旨いとは思わなかったので・・・。

200908061935000.jpg
熊本のアーケードや繁華街の賑やかでした。
意外に都会かも?


by  加賀の武田信玄


九州に来ました。とにかく天気は不安定でしたが暑い!
熊本県熊本市は、
戦国時代末期豊臣秀吉の重臣であった加藤清正が基礎を築いた城下町。
熊本市を代表する観光名所として「熊本城」があります。
城を築く名人と称えられた清正自慢の城であります。

秀吉死後、秀吉の命令で朝鮮出兵に行っていた清正は、
秀吉の死に目に会えず帰国。
その後、清正や福島正則らの武闘派と、
石田三成ら奉行派の対立が鮮明になります。

秀吉に手となり足となり戦場を駆け巡ってきた清正らと、
秀吉のそばで、政治的な助言をする三成らが豊臣家中で分裂。

この分裂に乗じたのが徳川家康であります。
清正らを味方に引入れ、関ヶ原の戦いで大勝利を収めます。
清正は関ヶ原には参戦しなかったものの、
家康に味方した恩賞でこの熊本の地で大幅な加増を得ることになります。

徳川幕府が成立した後も、豊臣秀頼を擁護し最後まで忠誠を尽くします。
家康と秀頼を仲介して会見を実現させるなど、豊臣家を最後まで見守り続けますが、
大阪の陣が起こる前に急死!
清正が生きていれば、豊臣家ももしかしたもう少し存続してかもしれません。








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