よし!これで!

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この借り物のドライバーで明後日の同年会ゴルフを頑張るぞ!
ドライバーを貸してくれたY田君いつもお世話になりっ放しですいません。

えっ?何で借り物かって?
実は昨年の同じ会でのコンペのこと。
その時に愛用のドライバーが何故か折れてしまったため。
それ以来のゴルフラウンドです。

しかも今回の場所が・・・何と!
片山津ゴルフ倶楽部日本海コース
日本のプロゴルフトーナメントも開催されるほどの超名門コースです。
緊張するな~でも下手くそな私が場所がどこであろうと関係ないこと。

でもこんな名門コースをラウンドできるだけでも嬉しいことです。
いつも嫁に「下手なんやし、もうやめたらゴルフ~」と言われます。
今度は頑張ってそんなことを言う嫁を見返すぞ!

多分ダメだと思うけど・・・


by  加賀の武田信玄


ヤフーのトピックスで、
戦国大名毛利元就の手紙が見つかったそうです。
これまた何で今頃そんな物が見つかるのか不思議です。

毛利元就は中国地方の戦国大名。
若い時は、一小大名に過ぎませんでしたが、
徐々にその大器の片鱗を見せ始めていきます。

現在の山口県に本拠を構えていた大内氏で謀反(家臣が主君を裏切ること)が起き、
その謀反を起した陶晴賢(すえ・はるかた)を、厳島の戦いで見事破り、
その後の毛利氏の繁栄をもらたします。また山陰(島根県)の尼子氏も破り、
中国一の大大名に成長します。真正面から戦うのではく、
策略などを好み、少しずつ敵を追い詰めての戦いが多かったと聞いています。
最初は少しの兵力しかいなかった元就らしい領土の拡大方法でしょう。

同時に後を継ぐ子供らも育成にも力を入れ、
あの有名な「三本の矢」も逸話を生んだ武将として後世に受け継がれています。
三本の矢とは、元就の3人の息子(毛利隆元、吉川元春、小早川隆景)のことを指し、
1本の矢ではすぐ折れるが、3本の矢を折るのはなかなか難しいという教え。
戦国時代だけではなく、今の世にも合い通じる教えかもしれません。

不運なことに、長男隆元が元就よりも早死にし、元就死後も、
残った吉川元春、小早川隆景が、隆元の長男輝元を補佐して行きます。

羽柴秀吉の中国侵攻により、一度は窮地に立たされるものの、
本能寺の変での信長自刃により、一早く秀吉と和睦。
その後の秀吉の天下統一に大きな手助けをすることとなる訳です。















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